菩薩の部
如来の部 菩薩の部 明王の部 天の部 諸師の部



聖観世音菩薩 白衣観音 十一面観音 千手観音 馬頭観音 如意輪観音
不空羂索観音 准胝観音 勢至菩薩 文殊菩薩 普賢菩薩 地蔵菩薩
弥勒菩薩 虚空蔵菩薩


聖観世音菩薩
祥琳作 【観音菩薩】 【聖観音菩薩】へ
■別名 聖観音 観音様 観音菩薩
■本籍 法華経 無量寿経
■住所 阿弥陀極楽浄土 または 補陀落浄土
■お姿 坐像 結跏趺坐 与願印 左手に蓮華のつぼみを持つ 
■異形像 持物に変化あり 十一面観音 千手観音  他 多様に変化

 観音様は慈悲の心を象徴した仏様で、一般的には女性的なイメージで受け止められがちですが、髭の描いてある像もあり、どんなみ仏も本来は性別を超越しておられます。
 観世音とは、衆生の救いを求める声をよく聞き取り、様々に変化して現れてくださるみ仏、という意味です。
 聖観世音菩薩の「聖」とは、変化する前の本来の観音の姿で、阿弥陀如来を戴いた宝冠をつけ、右手に蓮華のつぼみを持っておられるの特徴です。しかし水瓶や宝珠などを持ったり、何も持たない姿など様々あります。阿弥陀如来の脇士として、勢至菩薩とともに3尊形式や、独立した一尊の立像など、盛んに造られ、信仰を博しました。
聖観世音菩薩

勢至菩薩
■別名 大勢至菩薩
■本籍 観無量寿経
■お姿 坐像 合掌 
■異形像 立像 跪像

 勢至菩薩は観音菩薩と並んで来迎形式の阿弥陀三尊の脇士として有名ですが、観音のように一尊が独立して信仰されることはほとんどありませんでした。三尊形式の場合、そのお姿は観音とほぼ同じとされていますが、蓮華台を持った観音に対し、合掌した姿で表されることが多く、今まさに往生しようとする衆生を極楽浄土に迎えてくれます。観音の慈悲に対し、勢至菩薩は仏の智慧の光を象徴しておりあまねく一切を照らし出しています。
 冠には水瓶を頂き、化仏を頂いた観音様と識別することが出来ます。水瓶には本尊を供養するための水が入っている、とも、甘露の宝水を貯えているとも言われています。
 八大菩薩の一つ。
勢至菩薩

文殊菩薩
■別名 妙吉祥 妙楽 曼殊室利 モンジュリー
■本籍 華厳経 維摩経 文殊師利問菩提経 
■現住所 娑婆世界 (清涼山霊場)
■お姿 坐像 右手に利剣 左手に経巻を持ち、獅子に乗る 
■異形像 稚児文殊 僧形文殊 五髻文殊 

 文殊菩薩はお釈迦様の脇侍として、獅子に乗ってお釈迦様の左側に侍し、象に乗った普賢菩薩と共に、釈迦三尊として知られています。脇侍とは仏の徳を象徴したもので、文殊菩薩は“三人よれば文殊の知恵”という言葉でも有名なように、智慧の徳をあらわしています。ここに言う智慧とは、人間の浅知恵とは異なり、大乗仏教の深い悟りの智慧のことです。造像例も多岐にわたり信仰を博しました。
 密教では頂髻の結び方により、一般的な五字文殊の他にも一字文殊・六字文殊・八字文殊 等に分けられています。
 文殊は阿弥陀を父とした第三子、弟の普賢が第八子とされている。あるいはインドの舎衛国に実在した人、南インドで活躍し、般若経を編集した、などの諸説があります。また文殊菩薩の浄土は東方にあると教典から読みとれ、中国・山西省の清涼山(五台山)が霊地とされています
 病気になった維摩居士を釈迦の代理として、智慧第一の文殊が見舞ったさいの論戦は有名。
文殊菩薩

普賢菩薩
■別名 金剛薩た 遍吉 サマンタ・パドラ
■本籍 法華経 華厳経 悲華経 
■現住所 娑婆世界 (峨眉山霊場)
■お姿 坐像 左手に如意を持ち、象に乗る 
■異形像 合掌普賢菩薩 普賢延命菩薩

 普賢菩薩は文殊菩薩と供にお釈迦様の脇侍として、六牙の白象に乗ってお釈迦様の右側に侍し、釈迦三尊として知られています。法華経系の教典では合掌した姿で表されていますが、ここでは如意を持った姿で表してみました。
 普賢菩薩は仏の慈悲行を象徴して堅固な菩提心を持ち、女人往生も説き、多くの信仰を集めています。
  善財童子が道を求めて文殊菩薩を訪ねたところ、勧められて五三人の善知識の間をたずね歩き、ついに普賢菩薩のところに至るという華厳経入法界品の話は有名です。
 普賢延命菩薩は普賢菩薩の持つ延命の徳を発展した姿で、2臂と20臂がある。前者は右手に五鈷杵(こしょ)、左手に金剛鈴を持ち、象の上の蓮台に座す。普賢菩薩の霊場は中国・四川省の峨眉山と言われていましたが、現在では世界一の長寿国の日本に霊場が移ったのかも知れませんね。(笑)
普賢菩薩

弥勒菩薩
■別名 一生補処の菩薩 慈氏菩薩
■本籍 観弥勒菩薩上生兜率天経
■現住所 兜率天
■続柄 次期の仏 
■専門 衆生救済

 インド名はマイトレーヤ(慈しみから生まれたものという意味)。現在兜率天で修行中のこの菩薩は、釈迦の涅槃後、五十六億七千万年経った遠い未来の無仏の世の中に弥勒如来仏として現れて、衆生を救われるのです。
 釈迦滅後、この世の中は正法・像法の世を経て、徐々に仏法が衰退し、やがて救われがたい無仏の末法の世の中に突入するとされています。これがいわゆる末法思想です。
 平安時代からその末法に突入するとして、希望を失いかけた民衆が救済される為の選択肢は2つ。それは、西方極楽浄土から衆生救済を呼び掛ける阿弥陀如来の本願によって極楽浄土で仏になることと、そしてこの弥勒菩薩が未来に地上に現れるまで待ち続け、弥勒浄土に救い取って貰うという弥勒信仰による救いです。
 五十六億七千万年後という気の遠くなるような時間をミイラとなって待ち続ける人。経典を山野に埋めて(経塚)一種のタイムカプセルに思いを託し、弥勒如来が地上に現れた時に真っ先に発見して貰おうとする人等、熾烈な思いには驚嘆させられます。
 国宝第1号に指定された、あまりにも有名な広隆寺の弥勒菩薩。地上に降りられる時にそなえて深く深く思惟されているお姿です。
 この度、直接広隆寺様から掲載許可を得て、ここにオリジナル・イラスト化をさせていただきました。
弥勒菩薩


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